In My Circle

せんがんが、よしなしごとをつづります。

ASKAさん

このブログのタイトル、そして私の屋号を聞けば、ファンの方ならピンとくると思う。
そう、私はASKAさんの大ファンだ。潜在的にファンになったのは約30年前、熱心に応援しはじめてから20年ほどになる。

仕事で壁にぶつかるたびに私を励まし、恋が生まれたときにも破れたときにも優しく寄り添ってくれたASKAさんの詩、メロディー、声。
楽曲だけでなく、コンサートのMCやインタビュー記事からも多大な影響を受けた。今の私の一部はASKAさんによってつくられたと言っていいだろう。

そのASKAさんが覚醒剤所持(2014年5月21日現在)の容疑で逮捕された。
相方のCHAGEさんはしんみりと謝罪会見し、これまで発表された膨大な数の作品たちはレコード会社によって発売中止の措置を取られた。

昨年夏に週刊誌がASKAさんの覚醒剤使用疑惑を報道したとき、「こんな記事が載るくらいだから“何か”はあるんだろうけど、いくらなんでも覚醒剤は無いだろう」と私はタカをくくっていた。希望的観測ではなく、自分が長年見てきたASKAという人物に対する印象に基づいて冷静に判断したつもりだった。

もちろん、私が見てきたのは「アーティスト ASKA」であって「宮崎重明」さんではない。それは重々承知しているものの、20年間すり切れるほど楽曲を聴き、何度も何度もコンサート会場に足を運ぶことで「人間 ASKA」を透かし見ていたつもりだった。
それなのに、すっかり読みが外れてしまった。恥ずかしいし、むなしい。

見る目が無いのを承知で続けるが、私から見たASKAさんの人物像は、繊細で神経質で負けず嫌い。ええカッコしいで優等生的な気質を前面に出しているけれど、ふとした瞬間に弱さやだらしなさ、図太さ大胆さ(もしくは大胆でありたい、という願望)が見え隠れするのが魅力だ。
90年代にあれだけ爆発的に売れたのだから、誘惑に負けてひとつやふたつ危なっかしい橋を渡ったこともあるだろう。でもファンクラブ会報のコメントなどから元自衛官のお父さまを敬愛している様子がうかがえたので、法に触れるような場面には近寄らないものと思い込んでいた。

ASKAさんがつくる楽曲のテーマのひとつに、「深い苦悩と、消えない希望」がある。

「チャゲアスは甘ったるいラブソングばかり」と思っている人は、YouTubeで検索してほしい。
『月が近づけば少しはましだろう』はひどい挫折の歌だ。絶望感に打ちひしがれながら、なんとか光を見つけようともがいている。『On Your Mark』は優しい曲調ながら、理想どおりにいかない局面に立ったとき、それでも自分を奮い立たせて立ち向かおうとする強い歌だ。と、私は解釈している。
『PRIDE』も『帰宅』も『can do now』も『not at all』も、私の中では同じくくりだ。

私はまさにこのテーマの楽曲に心酔してファン歴を重ねてきたのだが、『月が近づけば〜』にせよ『On Your Mark』にせよ、作品として昇華されているからこそ気持ちよく聴けるのであって、こうした楽曲を生みつづけてきたASKAさんの心の闇の深さは一体どれほどだったのか。今、それを考えると苦しくなる。
無邪気に「いい曲!」とはしゃいでいた過去の自分を思い出して、ASKAさんに謝りたくなる。

さて色々と書いたが、法に触れることをやらかしてしまったとはいえ、私にとってASKAさんはこれまでもこれからも人生の恩人だ。ASKAさんに厳しい判決が下されようと作品が発禁になろうと、この先もずっと聴き続けるだろう。だってASKAさんの歌声を聴く行為はもう生活の一部になっているから。
だから、このブログのタイトルは相変わらず「In My Circle」だし、屋号は「KICKS Web」のままだ。

最後に、1993年に発売されたCHAGE and ASKAのアルバム『RED HILL』のブックレットに収録された散文詩を紹介したい。
ASKAさん、たしかに人生はやり直しがきかない。「もう一度はじめから」なんて、ドラマみたいにうまくいかないよね。
だからこそ、いま居る場所から這い上がってください。逆転してください。
そして心からの幸せな笑顔を取り戻してください。

『やり直しがきかない人生』

人生はやり直しがきかないと思ってる
教室で教え込まれたそれは違ってると思う

ダメでダメでダメになったとき
もう一度はじめからじゃ嘘臭いと思ってる

底から這い上がる力を学びたかった
そして逆転は必ずある

人は弱い が 人は強い

やり直しがきかない人生
そんな中に人は生きてる

やり直しがきかない人生だから
かっこいいと思ってる

カテゴリ:In My Circle, 考えた Posted by 千貫りこ on 2014年5月21日

Webクリエイティブ職のキャリアを考える(後編)

変わり続けるには

Webクリエイティブ職のキャリアを考える(前編)」では、現状のスタイルに固執せず、また変化を恐れないことが、これからのWeb業界で生き残っていくためのひとつの秘訣ではないか…ということを書きました。

そして、それを実践するには「外の世界」とのつながりを保ち続けるしか無いと私は考えています。

「外の世界」に触れるには、私のように意識的にフットワーク軽くあちこちに出向くのが、時間もお金もかかるしちょっと面倒なこともあるけど、もっとも確実な方法だと思ってます。会社の同僚といつも一緒にいたのでは、それなりに情報をアップデートしているつもりでも同じような方向からの見方しかできなくなってしまいがちです。時には全然違う環境で仕事している人たちと交流を持ってみると、目からウロコがぽろぽろはがれるような経験ができるのではないでしょうか。

長谷川恭久さんのように「引きこもり」(には見えませんが 笑)志向の方は、ブログなどで発信を続けるのもいいですね。
ここで注意が必要なのは、ブログを読んでるだけじゃダメだということです。こちらから何かしらの情報を発信して、それに対する意見をもらうことで初めて成りたつ種類のコミュニケーションがあり、それこそが自分自身にドラスティックな変化をあたえるきっかけになるような気がするので。

でも、「外の世界」とつながり続けるには根気と体力が要りますよね。
私は、それを支えるのは好奇心だと思ってます。

Webの世界は技術の変化が早いので、ついていくだけで大変です。話題になっているものをすべて追いかけてマスターする必要はありませんが、新しいものを見たときに「イヤだなあ」と感じるか「とりあえず、どんなものだか見てみよう」と感じるかは、その人の「Web業界適正度」をはかるには結構有効なんじゃないでしょうか。
ちなみに、ここのところ一部で話題になっている「黒い画面」(Windowsの「コマンドプロンプト」やMacの「ターミナル」など)も、食わず嫌いで手を付けないのはもったいないですね。

ヒトがやるべきことだけやる

このエントリーを書くきっかけになったハヤシさんも書かれているとおり、今後、機械化できるものは機械におまかせする方向に変わっていくと思ってます。
自動改札が普及して駅員さんが切符を切ることが無くなったように。
工場のオートメーション化が進んで多くのライン工が仕事を失ったように。
私たちの仕事で言えば「HTML/CSSのスクラッチコーディングが超素早くできる!」なんてことは、もはやアピールポイントじゃなくなりつつありますよね。

いま自分が必死で磨いているスキルがもし機械化できるようなものなら、そちらはほどほどにして他にも目を向けた方がいいように思います。
たとえば、「つくる」工程を自動化したり効率化するためのツールはすごい勢いで進化しているので、もし今後もそこに携わり続けたいのであれば、つくる技術そのものではなく、機械がつくったものをジャッジしたりツールをチューニングする術を学ぶ方が、まだ将来性を感じられるような気がするのです。

とうことで、前編後編にわたり長々と書いてきましたが…。
機械に駆逐されない分野をしっかり見きわめて柔軟に姿を変えながら歩いていけば、生涯を通してWebクリエイティブに関わり続けることも不可能ではないし、価格競争でつぶされることもない、というのが(「そうあってほしい!」という希望含みの)結論です。

余談ですが…

余談その1

私の夫は漫画家です。
彼は5年くらい前に仕事のスタイルをがらっと変えました。それまでのペンでケント紙に描くやり方から、ペンタブレットを使ってパソコンのカンバスに描くやり方に切り替えたのです。

もちろん最初のうちは不慣れな作業にイライラしたり試行錯誤の連続で辛そうでしたが、描き損じを修正したりスクリーントーンを貼ったりするには手描きよりパソコンの方がはるかに効率的です。

最近はパソコンでの作業にもすっかり慣れて、機械化によって空いた時間を、絵の精度を高めたりプロットを練ったりするのに費やすことができるようになりました。
いまだに手塚治虫先生と変わらぬやり方で描いている漫画家さんも多い中、彼の思い切った舵取りは今後、良い結果を招く気がしています。

余談その2

このエントリーは『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』(リンダ・グラットン著)の影響を受けた内容となっています。もし興味があればご一読を!

余談3(3/13 15:27)

長谷川恭久さんのブログに、『機械化によってはじまる未来のデザインプロセス』というエントリーがありました。

制作者が学習をはじめたと同時に、自動化ツールや無料サービスが登場しています。機械化がますます進んでいくなか、人が Web やアプリをデザインする意味というのはどこにあるのでしょうか。価値を見出すヒントが 4 つの「C」に隠れています。

こちらも参考になりますよー!

カテゴリ:In My Circle, 考えた Posted by 千貫りこ on 2013年3月13日

Webクリエイティブ職のキャリアを考える(前編)

長谷川恭久さんのポッドキャスト「Automagic podcast」に出演しました。ちょうど昨年の今頃にも対談させていただいたのですが、前回も今回も気づいたらいきなり収録が始まってたのでかなり慌てました。この長谷川マジックのせいか、緊張しつつもとめどなく言葉が出てくる感覚はちょっとおもしろい。

とはいえ、「言葉足らずだったな」とか「もっと分かりやすく話したかったな」といった後悔もあります。
たまたま同じタイミングでデジタルスケープの林さんが興味深いスライド「中堅Webクリエイティブ職のキャリアを考える(序章)」を公開されていたので、林さんにインスパイアされつつ「Webにかかわるクリエイターがどうやって生き残っていけばいいのか」というテーマについて、私なりの考えを書いてみたいと思います。ポッドキャストの補足でもあります。

「固執すること」の危険性

さて。まず前提として、現在の日本で希望の仕事に就くことやそれを続けていくことは、Web業界に限らず厳しい状況であると言っていいでしょう。そしてまた、資本主義のこの国では、一定数の人たちが淘汰されるのは仕方ないことだと思います。

ではWeb業界で「淘汰されない側」に回るにはどうすればいいのか。
私は、仕事えらびに対する固執を捨てることができるか、がひとつの鍵になると考えています。「こんな仕事に就きたい」「○○さんのようになりたい」といった夢や希望を持つのはすばらしいのですが、思い描いた像に囚われすぎると、自分で自分の首をしめることになってしまいそうな気がするのです。

Web制作でいえば「Webデザイナーになりたい」とか「都心のオフィスでオシャレな仲間と働きたい」とか「コーディングの腕を上げて大規模サイトの構築に関わりたい」とか、希望を抱いている人もたくさんいると思います。でも、今あなたが思い描いている「デザイナー」の仕事が、5年先にも同じスタイルで残っている保証はありません。今よりもっとインフラが整備されれば、都心にオフィスを構える必要は全く無くなるかもしれないし、コーディングなんで全部機械任せになるかもしれない。

既成の枠に自分をあてはめて一喜一憂するのではなく、常に業界の動きを意識しつつ、そのときどきの自分の適性を見きわめる作業を続けていくことこそが不可欠だと思います。林さんのスライドのタイトルにもあるとおり、まさに「変幻自在」であることが大切ではないでしょうか。

変わることを恐れない

これからWebサイト制作を始めたい人は、とにかく現場(制作会社など)に入り込む努力をすることをオススメします。
バイトでも派遣社員でもなんでもいいです。画像100ファイルをひたすら同じように加工するとか、テンプレートが用意されたHTMLを大量に複製するとか、あまりクリエイティビティを感じられない仕事内容でもいいのです。まずは現場を経験しないと話が始まりません。現場に身を置くと、おそらくそれまでに自分が考えていたよりもずっと多くの仕事があることが分かるでしょうし、思いもかけない適性に気づくことがあるかもしれません。その変化こそ、次へのステップにつながります。

ちなみに、Webに限らず「制作」と名の付く業界は、お金の面でも働き方の面でも満足いかないことが多いものです。そのことを肯定するつもりはさらさらありませんが、最初の数年は修行のつもりで食らいついていく覚悟も必要かもしれません。
ただし、あなたの人間性を否定したり寝る時間すら確保できないような職場ならばとっとと逃げましょう。

私のように一定以上のキャリアがある人は、実はそういう人こそ今の仕事のやり方や働き方に固執しがちです。キャリアを重ねていく中で、そのときどきの年齢やステージに最適な仕事を求めようとする気持ちや、周囲から別のふるまいを求められているかもしれない、といった意識は常に持っていたいものです。

長くなったので、続きは後編で!

最後に告知

ポッドキャストの中で話していたセミナーのサイトはこちらです!
よろしければご参加くださーい。

カテゴリ:In My Circle, 考えた Posted by 千貫りこ on 2013年3月8日

はたらくこと、生きること

きのう、銀座にある行きつけのおそば屋さんに行ってきました。
たまたま私以外のお客さんが途切れた時間帯があって、初めてマスターとふたりきりになったので色々話したんだけど、その会話がなかなかおもしろかったので書いてみようっと。

話の発端は「この場所(銀座)で商売するのは大変なんじゃない?」という私の質問から。

マスター(以後、マ)「たしかにそうなんですよ」
私「ですよねー」
マ「本当はもっと宣伝したり工夫した方がいいんだろうけど、どうもそういう気になれなくて。甘いのかもしれないけど、自分のやり方を変えてまで来てもらわなくてもいいっていうか」
私「客層が広がりすぎると、お店の雰囲気が変わっちゃいそうですしね」

あ、このおそば屋さんは、雑居ビルの3Fにあるかなりこぢんまりとしたお店です。
ビルの入り口が小さくて、しかも急な階段を昇らないといけないので、一見さんにはすごく入りづらいと思う。
店内は壁一面にお酒のビンが置いてあって食べ物のメニューは少なく、ぱっと見は単なる飲み屋さんのようなんだけど、実はマスターの手打ちのおそばがとてもおいしい。

マ「でも最近、自分が商売下手なせいで常連さんの負担が大きいなぁと思ってて心苦しいんだよね」
私「え?どういうこと?」
マ「この店は俺が好きで勝手にやってるだけなのに、お金を払ってもらうのが申し訳ないっていうか…」
私「え?え?なんとなく気持ちは分かるけど、お商売なんだからお金をもらうのは当然でしょう」
マ「俺の生活のために、常連さんが汗水たらして稼いだお金を出してくれてるのが、なんか、ねぇ」

私(客)からすれば、おいしいお酒と料理を出してもらって、土地柄を考えれば取り立てて高くない金額を払うのはごくごく妥当なことなんだけど、どうやらマスターはかなりモヤモヤしているみたい。
この後も延々と会話を続けたんだけど、マスターのモヤモヤはおそらくこういう考えが原因だと思う。

  • そば打ちに関して、まだまだ試行錯誤の段階で、レベルが低いと感じている
  • 特筆すべき良さが無い店に来てくれるのは、ひとえに常連さんの優しさである
  • 肉体労働のように、額に汗することなくお金をもらうことに対して罪悪感がある
  • お酒のように誰にでも原価が分かるものを出すときに、いくらかの上乗せをすることに抵抗がある

マスターにとってお店を切り盛りすること(仕事)は誰かに強制されたわけではなくて、彼にとっては生きることそのものなんだと言う。どうやら、「ただ好きなように生きてるだけなのに、しかもまだまだ技術が足りないのにお金をもらっている現状」に申し訳なさを感じてるみたい。

「マスターってば中2かよっ!」と思わず笑っちゃったけど、実は理解できる部分もあって、私もフリーランスになってからというもの「自分の値付け」にはかなりしんどい思いをしている。
最初に予算をハッキリ言ってくれるお客さんならいいけど、そうでない場合はちょっとした駆け引きを含めて見積りを提出しなきゃならない。原価がほとんどかからない仕事なので、見積り金額の多くは自分の技術力(や、それ以外の目に見えないモロモロ)への対価となるわけだけど、これを算出するのはなかなか辛い。「これじゃもらいすぎかな」「自信過剰と思われないかしら」などあれこれ思い巡らせながら電卓を叩く。
自分の至らなさは自分が一番よく分かっているし、クライアントからしたら安ければ安い方が良いだろうし。

そんなわけで、気持ちの上で理解できるところはたくさんあるんだけど、それでもやっぱりマスターの考え方はちょっとズレていると思う。

私の仕事で言えば、見積りを依頼された時点で「条件さえ合えばこの人に仕事を発注したい」と思ってもらえているわけだから、「いやぁ、でも私実力不足なんですよね、えへへ」というエクスキューズは相手に対して失礼。
ちょっと無理をしてでも「安心してお任せください!でも作業に見合った正当な対価を請求します」と爽やかに言い放つのがプロなのではないかと。
マスターに置き換えれば、常連さんが通ってくれることに引け目を感じるのではなく、それを自信に変えて「ますます良い仕事をしよう!」と奮起するのが正しいあり方だと思うのですね。

あと、これはとっても信頼している経営者の方からいただいた言葉ですが、「お金を稼ぐことを“悪”と思うのは間違い」ですね。お金を稼がなければ、勉強する余裕がなくてなかなかステップアップできない。気軽に出かけて人と会って話をして、そこから色々なことに思いを巡らせるチャンスを得られない。自分の成長もままならないのに、困っている他人に手をさしのべるなんて、とんでもない。
大事なのは「稼いだ上でどう使うか」。一定以上の年齢になったらこれを考えなきゃいけないと思う。

…てなことをマスターに話して、マスターも「うん、確かにそうなんだけどねぇ」と渋々聞いてはいましたが(笑)。
心中どうなんでしょうね。

私もそうなんだけど、「働くこと」が「生きること」に直結しているのって、ものすごく幸せなことだと思う。
でもそれゆえに、お金をもらうことに対する正体不明の「申し訳なさ」も生まれちゃうんですよね。会社勤めなら、第三者が自分の値段を査定してくれるので、その点ではラクなんだけど。

とりあえず、いつもふてぶてしい(!)マスターが繊細な悩みを抱えていることにちょっとホッとしました。
見た目に似合わず繊細なマスターが黙々とそばを打つお店に行ってみたい人、連絡ください!

カテゴリ:In My Circle, 考えた Posted by 千貫りこ on 2012年7月1日

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